Share

7-24 朱莉の買い物 2

last update Last Updated: 2025-04-14 08:05:23

 2人は琢磨の運転する車で、まずは朱莉の新しい生活に必要な日用品を買い揃えた。次に琢磨が探し出した新しい教習所へ転入届に行き、最後にベビー用品専門店へと足を運んだ――

****

 店内には可愛らしいベビー服やベビーカー、おむつや哺乳瓶。そしてマタニティウェアと様々な品物が売られていた。

「俺、こんな店来るの初めてなんだけど何だか照れ臭いと思わないかい?」

琢磨が朱莉に耳打ちする。

「私も初めてですよ。何だか不思議な空間に感じてます」

朱莉も小声で返事をする。

(そっか……マタニティ服のことばかり考えていたけど、これから生まれて来る赤ちゃんは私が替わりに育てることになるからやっぱり私の方で色々買い揃えるんだろうな……)

「どうしたの? 朱莉さん」

ボンヤリ考えていると琢磨が声をかけてきた。

「い、いえ。このベビードレス、可愛いなと思って」

朱莉はその中の一着、新生児用のベビードレスを手に取った。

「うん。確かに可愛いね」

琢磨は朱莉の背後からベビードレスを覗きこむ。

すると琢磨の背後で声が聞こえてきた。

「ねえねえ、お母さん、見て。あの若い夫婦、すごく素敵だと思わない?」

「確かにそうだね。美男美女ですごく幸せそうに見えるね」

琢磨の耳に偶然その会話が耳に飛び込んできて、一瞬で耳まで真っ赤に染まる。チラリと声の方を横目で伺うと、どうやら妊婦の娘と実母の組み合わせのようだった。朱莉の方は2人の会話が聞こえていなかったのか、真剣な眼差しで新生児用の肌着やスタイ等を見ている。

(あの人達には俺と朱莉さんが夫婦に見えたのか?)

それだったらどんなに良かったことか。しかし、琢磨は絶対に朱莉に対して抱いている思いを言葉にすることが出来無い。何故なら自分にはそんな資格は一切無いからだ。だから琢磨に出来ることは、なるべく朱莉の手助けをし、翔と離婚後は自分以外の他の誰かと結婚して、幸せになれるよう祈るだけだった……。

 その後、朱莉はこの店でマタニティ用の服を3着と、新生児用の肌着にベビードレスを買って店を出た。

「え? もう新生児用の下着やドレスを買ったの?」

朱莉から話を聞いた琢磨の目が見開かれる。

「はい。だってとても可愛らしいドレスを見つけたので。あの……気が早過ぎましたか?」

「い、いや? どうなんだろうな? ごめん。実は俺の友人の中で結婚しているのは何人かいるけど、まだ誰
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Related chapters

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   7-25 変わらぬ翔と明日香の成長 1

    「明日香、朱莉さんがクリーニングを持って来てくれたぞ」検査が終わり、部屋にベッドごと戻って来た明日香に翔が声をかけた。「あら、そうなの? 朱莉さんが自分から持ってきてくれたのかしら?」「いや、俺が朱莉さんを呼んだ。ほら、明日から俺と琢磨は東京に戻るだろう? その間明日香の面倒を見て貰わないとならないからな」翔は明日香の髪を撫でた。「……」しかし、当の明日香は何か考え込んだ風に黙っている。「どうしたんだ? 明日香」「ねえ……。翔、朱莉さんに何て言ったの?」明日香はじっと翔の目を見つめる。「え……? 週に3回は明日香の面倒をみに病院へ来るように伝えたが?」「3回……それじゃ朱莉さんにちょっと悪い気がするわ。週に2度でいいわ。それに洗濯物だけお願いするわ。後は大丈夫よ。この病院には看護師以外にヘルパーもいるから」明日香の言葉に翔は耳を疑った。「え? 明日香……今の台詞本気で言ってるのか?」「何よ、本気に決まってるでしょう? 子供を産むんだからもっとしっかりしないとね。それに朱莉さんにだって自分の生活だってあるだろうから。教習所にだって行くわけでしょう?」「教習所……そうだ! 教習所だ。沖縄にいる間は休んでもらわないと!」翔はスマホを取り出して、朱莉に連絡を入れようとするのを明日香が止めた。「ちょっと待ってよ翔。何故朱莉さんの教習所を休ませようとするの?」「だってそうだろう? 朱莉さんには妊婦の恰好をしてもらわないとならないんだ。あまり妊婦で教習所へ通う人は少ないだろう?」「そのことなんだけど……。何とか朱莉さんを妊婦にしたてないで御爺様達の目をごまかす方法は無いかしら?」明日香は翔をじっと見つめた。「え?」「いくらなんでも朱莉さんが出産したことにするって言うのはやはり無理があると思うのよね。だって、現に私はこうしてこの病院に運び込まれてしまったわけだし。幸い、病院では私たちの関係は兄妹として認識されているけど。でもこの病院で出産するのはやめようかと思っているのよ。落ち着いたら海外で出産しようかと考えてるの。海外で出産すれば目立たないでしょう?」「最近ネットで良く何か調べていると思っていたけど……そんなことを調べていたのか?」「ええ、そうよ。いくら何でも日本で出産するのは危険だと思うのよね。なるべくリスクは避けたいから」「

    Last Updated : 2025-04-14
  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   7-26 変わらぬ翔と明日香の成長 2

    「朱莉さん……」琢磨は朱莉の答えに少しだけ失望してしまった。出来れば朱莉には残念がって欲しかったのだが……。(そうだよな。よくよく考えてみれば俺と翔は明日東京に帰るけど、朱莉さんは当分沖縄に残るんだから観光案内なんか必要無いってことだし。結局朱莉さんと観光したかったのはこの俺だけか……)その時、突然朱莉のスマホに着信が入ってきた。「翔先輩……」それを聞いた琢磨はピクリと反応する。「その電話、俺に貸して貰えないか?」琢磨は手を差し出した。「え? でも……」「朱莉さん……お願いだ」その声は何処か辛そうに聞こえたので、朱莉は琢磨に電話を託した。「もしもし」『え? 何だ? 琢磨か?』翔はまさか琢磨が朱莉の電話に出るとは思わず驚きの声を上げた。「ああ、俺だ。朱莉さんの買い物に付き合って、今2人でカフェにいた所だ。翔……まだお前朱莉さんに何か要求を突きつけるつもりなのか?」その言葉に電話を聞いていた朱莉は悲しそうに目を伏せた。『まさか! そんなんじゃない。実は朱莉さんには週に3回明日香の面倒を見て貰う為に病院に来てくれるように話したんだが……』「何!? 週に3回だと!? 翔! ふざけるなよ!」『落ち着いてくれよ琢磨。確かに俺は朱莉さんに週に3回病院に来てくれるように頼んだが明日香がそんなに必要無いって言ったんだ。週に2回だけ、洗濯だけ頼みたいって』その言葉を聞いた琢磨は我が耳を疑った。「何? 明日香ちゃんが自分から言ったのか?」『ああ、朱莉さんにも自分の生活があるだろうからと言ってた。子供を産むんだから、もっとしっかりしないとって明日香本人が言ったんだよ』「そんな……信じられない……」(あの明日香ちゃんがそんなことを言うなんて。やはり女性は妊娠すると色々かわるのだろうか?)『そう言うことだから朱莉さんと電話を替わってくれ』翔に促され、琢磨は頷いた。「あ、ああ。分かったよ」琢磨は朱莉にスマホを渡した。「翔が朱莉さんと話をさせてくれって」「はい、分かりました」翔からスマホを受け取ると朱莉は電話に出た。「もしもし。お電話代わりました」『朱莉さん、さっきは本当に悪かった。さっきは週に3回病院に来てくれとか、服装にも気を遣ってくれなんて言ってしまったけど、明日香がその必要は無いって言ったんだ』「明日香さんが?」それは朱

    Last Updated : 2025-04-14
  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   7-27 琢磨のお願い 1

     電話を切った朱莉の様子が何だかおかしく感じ、琢磨は尋ねた。「また翔に何か言われたね?」「い、いえ。別に何も言われていませんよ?」朱莉はすぐに否定したが、琢磨は朱莉をじっと見つめる。「さっき突然電話の最中に顔色が変わった。今、随分青ざめた顔をしているよ? 本当は辛い言葉をなげつけられたんじゃないのかい?」「いえ……そんなことは……」朱莉はズキズキ痛む頭を押さえながら返事をすると、琢磨が突然朱莉の額に手をあてた。「熱い。ひょっとして熱でもあるんじゃないのかい?」「熱……どうでしょう……?」しかし、先程から身体が何となく熱っぽさを感じていたのは事実だ。「……店を出よう。立てるかい?」琢磨は立ち上がると朱莉の側へ寄った。「は、はい……何とか」朱莉が立ち上ると、琢磨はグイッと朱莉の肩を抱き寄せて、歩き出した。一斉に店内にいた人々の視線が2人に集中する。「あ、あの……く、九条さん……?」朱莉はすっかり戸惑ってしまった。「周りの目なんか気にすることは無い。かなり熱い身体をしてるじゃないか。すぐに車に戻って何か風邪薬でも買って帰ろう」「ありがとうございます……」自分の身体を支える様に歩く琢磨の顔を朱莉は見上げた。(本当にいつも私は九条さんに迷惑ばかりかけている……)朱莉は申し訳ない気持ちで一杯になるのだった――****「ドラッグストアに寄ってからホテルに戻ろう」運転席に座ると琢磨は言った。「はい、分かりました。よろしくお願いします」弱々しく朱莉は返事をする。「車の中で寝ているといいよ。ホテルに着いたら起こすから」「はい、ありがとうございます……」朱莉は眼をつぶり、そのまま眠ってしまった―― 次に目を覚ました時、見知らぬベッドの上で眠っていることに気が付いた。額にはいつの間にか熱冷ましのシートが貼られている。「ここは……?」ボンヤリした頭でベッドに横たわったまま視線を動かしてみる。その部屋はとても豪華な部屋だった。高い天井に、広い部屋は隅々まで美しい内装をしている。部屋の調度品はどれも豪華な造りで、大きなサンルームが窓から続き、太陽の光が部屋に降り注いでいる。(一体、ここは何処なんだろう……? それに時間は……? 九条さんは何処に行ったんだろう……?)しかし、強い眠気で再び朱莉は眠りに就いた―― 次に目が覚めた時

    Last Updated : 2025-04-15
  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   7-28 琢磨のお願い 2

    「九条さん……」ポツリと呟くと朱莉の気配に気がついたのか、電話をしていた琢磨が朱莉を見た。すると琢磨は電話の相手に怒鳴りつけた。「朱莉さんが目を覚ました。電話切るからな!」琢磨はスマホの電話を切ると朱莉に声をかけた。「朱莉さん! もう大丈夫なのかい?」「はい。お陰様で頭痛も治まりましたし、熱っぽさも大分改善されました」それを聞いた琢磨はソファから立ち上がり、朱莉に歩み寄ると自然な動きで朱莉の額に手をあてた。「うん。もうさっきみたいな熱っぽさは確かに無いな。良かった……心配したよ。いつから具合が悪かったんだい? もっと早く教えてくれれば倒れる前にホテルに帰ったのに。でも、気付かなくてごめん」琢磨の謝罪に朱莉は首を振った。「違います! 私がもっと早くに九条さんにお話ししていれば良かったんです。悪いのは私ですから」「だけど俺に迷惑がかかると思って言えなかったんじゃないのかい?」琢磨は少し寂しげに言う。「!」確かに琢磨の言う事は一理あった。だが朱莉自身倒れる程に具合が悪化するとは思ってもいなかったのだ。「翔には俺からきつく電話で言っておいたよ」「え?」「あいつの……翔のせいだろう? あいつの心無い言葉で莉さんをまた傷つけて、そのショックで具合が悪くなったんだろう?」「そ、それは……」「明日、東京へ帰るのを1日伸ばそうかと思っているんだ。朱莉さんが心配だから」琢磨の言葉に朱莉は驚いてすぐに返答した。「それは駄目です!」いつにない、朱莉の強い口調に驚く琢磨。「え……? 朱莉さん?」「お願いです、もう私のことでこれ以上九条さんを振り回したくは無いんです。だから明日は予定通りに東京へ戻って下さい。もう熱はこの通り下がったので大丈夫です。引っ越し作業もちゃんとしますので九条さんが心配される必要はありませんから」「だけど……」尚も言い淀む琢磨に朱莉は続ける。「九条さんが秘書を務める相手は私ではありません。翔せんぱいなんです。私ではなく、翔先輩を優先して下さい。そうじゃないと九条さんに申し訳なくて……私は九条さんと距離を置かなければならなくなります」「朱莉さん……それは……」(それは俺が朱莉さんを心配するのを迷惑だと思っているからなのか?)琢磨が悲し気に俯いたのを見て朱莉は慌てた。何故九条がそんな顔をするのか理解できなかったのだ

    Last Updated : 2025-04-15
  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   7-29 東京へ向けて 1

     翌朝、朱莉は隣の部屋の物音で目が覚めた。「……?」時計を見るとまだ時刻は6時前である。「九条さん……?」(ひょとして、もう出掛けるのかな?)朱莉も急いで着替えると、九条の部屋をノックしながら声をかけた。「おはようございます、九条さん」すると隣から琢磨の返事が聞こえた。「え? 朱莉さん……?もう起きたのかい?」「はい。あの……ドア、開けてもいいですか?」「ああ。いいよ」「失礼します」朱莉がドアを開けると、スーツ姿の琢磨がいた。「おはよう、朱莉さん。もう起きても大丈夫なのかい?」「はい。もう大丈夫です。お薬が効いたみたいですね。色々お世話になりました。それで……もう那覇空港に行くのですか?」「ああ。7時の羽田行の便に乗るんだ」「翔先輩も一緒ですか?」朱莉は躊躇いがちに尋ねた。「うん。そうだよ。空港で待ち合わせをしている」「あの……私……」「見送りは別にいいからね」朱莉が何を言おうとしたのか琢磨に意図が伝わった。「え? でも……」「朱莉さん、レンタカーはもう返却してあるんだ。俺はタクシーで空港へ向かう。だから朱莉さんとはここでお別れだ」「九条さん……」「もう部屋の支払いは済んでるし、10時まではこの部屋に居られるからそれまではここで休んでいるんだ。ホテルを出る時フロントに声をかければいいからね」琢磨は内心の気持ちを隠しながら言った。(くそ……! 本当は今すぐに一緒に東京へ連れ帰りたいのに……!)「色々お世話になりました。感謝しています」改めて頭を下げる朱莉。「いや、いいんだよ。むしろこんな所まで連れてきてしまったことが申し訳ない位なんだから」「でも……」「毎晩……」「え?」「い、いや……毎晩、沖縄での様子をメッセージで送って貰えると安心かな?」「はい、分かりました。報告ですよね? 必ず入れますね」朱莉は笑みを浮かべて頷く。「報告……」琢磨は口の中で小さく呟いた。別に報告して欲しいとの意味で言ったわけでは無い。ただ朱莉が心配で、メッセージのやり取りをしたくて提案したのだが、朱莉にとっては『報告』と取られたことがやるせなかった。(所詮、朱莉さんにとって俺は、翔の『秘書』でしかないんだろうな……)しかし、それでも構わないと琢磨は思った。自分は朱莉にとって相応しくない人間だ。だから自分が朱莉に出

    Last Updated : 2025-04-15
  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   7-30 東京へ向けて 2

     那覇空港――搭乗ゲートに琢磨が行くと、既に翔の姿があった。「おはよう、琢磨」翔が躊躇いがちに声をかける。「ああ、おはよう」琢磨は少し不機嫌に返事をする。「その……悪かった。朱莉さんの具合はどうだ?」「昨夜風邪薬を飲ませたからな。もう今朝は熱が下がっていたようだ。元気そうだったしな」「そうか、なら良かった」翔は頷くも、違和感を抱いた。(今の言い方は何だ? まるで朱莉さんの様子を見て来たみたいだ)そこで翔は琢磨に尋ねることにした。「琢磨。お前、宿泊した部屋は確かスイートルームで部屋があまっているって言ってたよな?」「ああ、言った」「ひょっとして朱莉さんをお前の部屋に宿泊させたのか?」「何だ? 悪いか。病人を放っておけるはず無いだろう? お前達じゃあるまいし」琢磨はモルディブの件を持ちだしてきた。「い、いや……確かにあの時は本当に悪いことをしてしまったと思っている」「お前のその台詞はもう聞き飽きたよ」ぶっきらぼうに答える琢磨。「そ、それより……本当に朱莉さんをお前の部屋に泊めたんだな」「ああそうだ。心配だったからな」「琢磨。お前……」その時、館内放送が流れた。翔と琢磨の乗る便の案内であった。「よし、それじゃ行くか。翔」琢磨は荷物を持った。「そうだな。着いたらすぐに仕事だ」2人は東京行の搭乗ゲートへ向かい、飛行機に乗り込んだ。飛び立つ飛行機の中で琢磨は朱莉のことを考えていた。(朱莉さん……どうか元気で。今度は俺から会いに行くから……)そして琢磨は瞳を閉じた—―**** 朱莉は今、ホテルのレストランで朝食をとっていた。すると昨日琢磨に声をかけてきた2人の女性が中へ入って来た。そして朱莉と偶然目が合う。2人の女性は目配せし合おうと、何故か朱莉の方へと近付いて来た。「おはようございます、昨日はどうも」セミロングのやや釣り目の女性が朱莉に挨拶をしてきた。「おはようございます」朱莉も挨拶をしたが、不思議でならなかった。(この人達……どうして私に声をかけてきたんだろう?)「今朝、彼氏さんは見かけないようですけど、どうしたんですか?」別の女性が続けて尋ねる。(彼氏さん……? 九条さんのことかな?)「彼なら今朝、東京へ戻りました。仕事があるので」「まあ。彼女を置いて1人で東京へ? それってちょっと冷

    Last Updated : 2025-04-15
  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   8-1 梅雨明けと回想

     朱莉と明日香が沖縄へやって来てから1カ月半が経過しようとしていた。明日香の方は大分切迫早産の危険性が収まり、後半月後には退院出来ることが決まった。そして朱莉は……。――21時過ぎ「それで、今日やっと運転免許が取れたんですよ」朱莉は嬉しそうにパソコンの電話で話をしている。その話し相手は……。『おめでとう、朱莉さん。仮免の運転練習付き合えなくて残念です』「いえ。お気持ちだけで充分です。それに京極さんには毎日電話で運転方法のアドバイスを頂いていたので、こんなに早く免許を取ることが出来たんだと思います。本当にありがとうございます」『いえいえ、朱莉さんの運転テクニックが凄かったんですよ。でも安心しました。朱莉さん最初の頃は声も元気が無さそうだったので、心配だったのですが今では画面越しから素敵な笑顔を見せてくれるようになって。あ、そうだ。今、マロンを連れて来ますね』京極が一度PC画面から姿を消し、次に現れた時はマロンを抱きかかえてやって来た。「マロン……」朱莉はマロンを見て名前を呼んだ。マロンは朱莉を見ると嬉しそうに吠えて尻尾を振っている。 京極との電話は朱莉がこのマンションに引っ越してきた当日から始まった。初めは電話のみだったのだが、朱莉の声が元気が無いの気にした京極が、PCで会話をする事を提案してきたのである。勿論、設定方法は電話で京極に教えて貰いながら朱莉が1人で設定をした。『ところで朱莉さん。今朝のニュースで知ったのですが、本日沖縄で梅雨明けしたそうですね。どうですか? 沖縄の様子は』「はい、午前中までは雨が降っていたのですが午後になって急に天気が回復して青空が見えて、気温も急上昇したんですよ。沖縄ってこんなに梅雨明けがはっきりしているのかと思い、びっくりしました」『そうなんですか……。でもそう言えば今日の朱莉さんは真夏らしい恰好をしていますよね。こちらは冷たい雨が降っていて少し肌寒い感じですね』言われてみれば京極は長袖のシャツを着ている。「早くそちらも梅雨明けすればいいですね」『ええ……そうですね。ところで朱莉さん』急に京極の声のトーンが変わった。「はい、何でしょう?」『まだ暫くは沖縄で暮す事になるのでしょうか? 明日香さんの体調はまだ回復しないのですか?』いきなりの京極の質問に朱莉は戸惑った。「え……と、それは……

    Last Updated : 2025-04-16
  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   8-2 梅雨明けと回想 2

    『朱莉さん、突然黙り込んでどうしましたか?』京極に声をかけられ、朱莉は我に返った。「あ……も、申し訳ありません。大丈夫ですから」『すみません。僕のせいですね。沖縄暮らしの期間について尋ねてしまったから』京極が目を伏せたので、朱莉は慌ててた。「いえ、決してそういうわけではありませんから」『あの、朱莉さん、実は……』その時、画面越しに映る京極からスマホの着信音が聞こえてきた。『すみません、朱莉さん。少し待っていただけますか?』「京極さん?」『……社の者からだ。こんな時間に電話なんて……』それを聞いた朱莉は言った。「京極さん、何か急ぎの用時かもしれません。もう電話切りますので、どうか電話に出てください」『すみません朱莉さん。ではまた明日、お休みなさい』「はい、お休みなさい」そして朱莉はPCの電話を切ると、ため息をついた。「京極さん……こんな時間までまだお仕事なんて大変だな……」朱莉は再びPC画面に目を向け、検索画面を表示した「どんな車にしようかな……」朱莉が見ているのは沖縄にある車販売の代理店のサイトである。明日朱莉は早速車を購入するつもりで、事前に車をチェックしようとしていたのだ。その時、朱莉の目に1台の車が目に止まった。それは白いミニバンの車だった。朱莉の耳に琢磨の言葉が蘇ってくる。『この車は軽自動車だし女性向きの仕様だからいいと思うよ。車を買うときは俺に声をかけてくれれば一緒に選びに行ってあげるよ』「九条さん……元気にしているのかな……?」思わずポツリと呟く朱莉。朱莉は琢磨が東京へ帰ってからは1度しかメッセージのやり取りをしていなかったのである。自分のスマホをタップして琢磨からの最後のメッセージを開いた。『朱莉さん。実はわけがあって、当分朱莉さんとは連絡を取ることが出来なくなってしまった。本当にごめん。翔に何か理不尽なことを言われたら必ず知らせてくれよなんて言っておきながらこんなことになってしまって申し訳ない。いつかまた連絡が取れるようになる日まで、どうかその時までお元気で』   このメッセージを最後に琢磨とは一切連絡が取れなくなってしまった。メッセージを送ってもエラーで戻って来てしまうし、電話を掛けても現在使われておりませんとの内容の音声が流れるばかりである。そこで慌てた朱莉は翔に連絡を入れると意外な事実を聞

    Last Updated : 2025-04-16

Latest chapter

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   1-6 明日香の出産と隠された京極の裏の顔 2

     1人の男が朱莉の住むマンションの前に立っていた。その男はぎらつく目で朱莉の住む部屋のベランダをじっと見上げている。その時――「……こんな所で一体何をしているんだ?」京極が男に声をかけた。「い、いや……お、俺は……」男は狼狽したように後ず去ると、背後から体格の良い背広姿の男が突然現れて男を羽交い絞めにした。捕らえられた男を京極は冷たい瞳で睨み付けた。「まだコソコソと嗅ぎまわる奴らが残っていたのか……」それは背筋がゾッとするような声だった。「は……離せ! うっ!」暴れる男を押さえつけている男性は男の腕を捻り上げた。京極は身動きが出来ない男に近付くと、肩から下げた鞄を取り上げて漁り始めた。中からデジカメを発見すると蓋を開けてメモリーカードを引き抜いた。「よ、よせ! 触るな! うっ!」さらに腕をねじ上げられて再び男は苦し気に呻いた。そんな男を京極は冷たい目で見つめると、次に名刺を探し出した。「やはりゴシップ誌に売りつけるフリーの三流記者か……。どこの誰に教えられたのかは知らないが余計な手出しはするな。もし下手な真似をするなら二度とこの業界で生きていけない様にしてやるぞ?」それは背筋がゾッとする程冷たく、恐ろしい声だった。「だ、誰なんだよ……お前は……」「仮にもお前のような奴がこの業界で働いていれば名前くらいは聞いたことがあるだろう? 俺の名前は京極だ」「京極……ま、まさかあの京極正人か……!?」途端に男の顔は青ざめる。「そうか……やはり俺のことは知ってるんだな? 分かったら、二度と姿を見せるな。さもないと……」「ヒイッ! わ、分かった! もう二度とこんな真似はしない! た、頼む! 見逃してくれ!」「……どうしますか?」男の腕を締め上げていた男性は京極に尋ねた。「……離してやれ」男性が手を離すと、男はその場を逃げるように走り去って行った。その姿を見届けると男性は京極に尋ねた。「いつまでこんなことを続けるつもりですか?」「勿論彼女の契約婚が終了するまでだ」「しかし、それでは……」「今はまだ動けない。だが、最悪の場合は強引にこの契約婚を終わらせるように仕向けるつもりだ」その時、京極のスマホが鳴った。京極はその着信相手を見ると、一瞬目を見開き……電話に出た。「ああ……。教えてくれてありがとう。助かったよ……うん。早速

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   1-5 明日香の出産と隠された京極の裏の顔 1

     10月22日—— その日は突然訪れた。朱莉が洗濯物を干し終わって、部屋の中へ入ってきた時の事。翔との連絡用のスマホが部屋の中で鳴り響いていた。(まさか明日香さんが!?)すると着信相手は姫宮からであった。すぐにスマホをタップすると電話に出た。「はい、もしもし」『朱莉さん、明日香さんが男の子を先程出産されました』「え? う、生まれたんですね!?」『はい、かなりの難産にはなりましたが、無事に出産することが出来ました。私は今副社長とアメリカにいます。副社長は日本に戻るのは10日後になりますが、私は一時的に日本へ帰国する予定です。朱莉さんはもう引っ越しの準備を始めておいて下さい。朱莉さんが今現在お住いの賃貸マンションの解約手続きは私が帰国後行いますので、そのままにしておいていただいて大丈夫です。それではまた連絡いたします』姫宮からの電話はそこで切れた。(明日香さんがついに赤ちゃんを出産……そしてこれから私の子育てが始まるんだ……。それにしても難産って……明日香さん大丈夫なのかな……?)朱莉は明日香のことが心配になった。ただでさえ、情緒不安定で一時は薬を服用していたと聞く。回復の兆しがあり、薬をやめてから明日香は翔との子供を妊娠したが、その後は翔と姫宮の不倫疑惑が浮上。結局その件は航の調査で2人の間に不倫関係は認めらず、誤解だったことが分かったが明日香は難産で苦しんだ……。「明日香さん、元気な姿で日本に赤ちゃんと一緒に戻ってきて下さい」朱莉はそっと祈った。——その後朱莉は梱包用品を買い集めて来るとマンションへと戻り、買い集めていたベビー用品の梱包を始めた。一つ一つ手に取って荷造りを始めていると、自然と琢磨や航のことが思い出されてきた。「あ……このベビードレスは確か九条さんと一緒に買いに行ったんだっけ。そしてこれは航君と一緒に買った哺乳瓶だ……」朱莉の胸に懐かしさが込み上げてくる。(あの時は誰かが側にいてくれたから寂しく無かったけど……)だが、いつだって朱莉が一番傍にいて欲しいと願っていた翔の姿はそこには無い。翔と2人で過ごした日々は片手で数えるほどしか無かった。むしろ、冷たい視線や言葉を投げつけらる数の方が多かったのだ。(でも……翔先輩。私が明日香さんの赤ちゃんを育てるようになれば少しは私のこと、少しは意識してくれるかな……?)一度

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   1-4 京極と夜のドライブ 2

    観覧車を降りた後は、京極の誘いでカフェに入った。「朱莉さん。食事は済ませたのですか?」「はい。簡単にですが、サラダパスタを作って食べました」「そうですか、実は僕はまだ食事を済ませていないんです。すみませんがここで食事をとらせていただいても大丈夫ですか?」「そんな、私のこと等気にせず、お好きな物を召し上がって下さい」(まさか京極さんが食事を済ませていなかったなんて……)「ありがとうございます」京極はニコリと笑うと、クラブハウスサンドセットを注文し、朱莉はアイスキャラメルマキアートを注文した。注文を終えると京極が尋ねてきた。「朱莉さんは料理が好きなんですか?」「そうですね。嫌いではありません。好き? と聞かれても微妙なところなのですが」「微妙? 何故ですか?」「1人暮らしが長かったせいか料理を作って食べても、なんだか空しい感じがして。でも誰かの為に作る料理は好きですよ?」「そうですか……それなら航君と暮していた間は……」京極はそこまで言うと言葉を切った。「京極さん? どうしましたか?」「いえ。何でもありません」 その後、2人の前に注文したメニューが届き、京極はクラブハウスサンドセットを食べ、朱莉はアイスキャラメルマキアートを飲みながら、マロンやネイビーの会話を重ねた——**** 帰りの車の中、京極が朱莉に礼を述べてきた。「朱莉さん、今夜は突然の誘いだったのにお付き合いいただいて本当にありがとうございました」「いえ。そんなお礼を言われる程ではありませんから」「ですがこの先多分朱莉さんが自由に行動できる時間は……当分先になるでしょうからね」何処か意味深な言い方をされて、朱莉は京極を見た。「え……? 今のは一体どういう意味ですか?」「別に、言葉通りの意味ですよ。今でも貴女は自分の時間を犠牲にしているのに、これからはより一層自分の時間を犠牲にしなければならなくなるのだから」京極はハンドルを握りながら、真っすぐ前を向いている。(え……? 京極さんは一体何を言おうとしているの?)朱莉は京極の言葉の続きを聞くのが怖かった。出来ればもうこれ以上この話はしないで貰いたいと思った。「京極さん、私は……」たまらず言いかけた時、京極が口を開いた。「まあ。それを言えば……僕も人のことは言えませんけどね」「え?」「来月には東京へ戻

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   1-3 京極と夜のドライブ 1

     朱莉が航のことを思い出していると、運転していた京極が話しかけてきた。「朱莉さん、何か考えごとですか?」「いえ。そんなことはありません」朱莉は慌てて返事をする。「ひょっとすると……安西君のことですか?」「え? 何故そのことを……?」いきなり確信を突かれて朱莉は驚いた。するとその様子を見た京極が静かに笑い出す。「ハハハ……。やっぱり朱莉さんは素直で分かりやすい女性ですね。すぐに思っていることが顔に出てしまう」「そ、そんなに私って分かりやすいですか?」「ええ。そうですね、とても分かりやすいです。それで朱莉さんにとって彼はどんな存在だったのですか? よろしければ教えてください」京極の横顔は真剣だった。「航君は私にとって……家族みたいな人でした……」朱莉は考えながら言葉を紡ぐ。「家族……? 家族と言っても色々ありますけど? 例えば親子だったり、姉弟だったり……もしくは夫婦だったり……」最期の言葉は何処か思わせぶりな話し方に朱莉は感じられたが、自分の気持ちを素直に答えた。「航君は、私にとって大切な弟のような存在でした」するとそれを聞いた京極は苦笑した。「弟ですか……それを知ったら彼はどんな気持ちになるでしょうね?」「航君にはもうその話はしていますけど?」朱莉の言葉に京極は驚いた様子を見せた。「そうなのですか? でも安西君は本当にいい青年だと思いますよ。多少口が悪いのが玉に傷ですが、正義感の溢れる素晴らしい若者だと思います。社員に雇うなら彼のような青年がいいですね」朱莉はその話をじっと聞いていた。(そうか……京極さんは航君のことを高く評価していたんだ……)その後、2人は車内で美浜タウンリゾート・アメリカンビレッジに着くまでの間、航の話ばかりすることになった——****「どうですか? 朱莉さん。夜のアメリカンビレッジは?」ライトアップされた街を2人で並んで歩きながら京極が尋ねてきた。「はい、夜は又雰囲気が変わってすごく素敵な場所ですね」「ええ。本当にオフィスから見えるここの夜景は最高ですよ。社員達も皆喜んでいます。お陰で残業する社員が増えてしまいましたよ」「ええ? そうなんですか?」「そうですよ。あ、朱莉さん。観覧車乗り場に着きましたよ?」2人は夜の観覧車に乗り込んだ。観覧車から見下ろす景色は最高だった。ムードたっ

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした    1-2 それぞれの今 2

     その日の夜のことだった。朱莉の個人用スマホに突然電話がかかって来た。相手は京極からであった。(え? 京極さん……? いつもならメールをしてくるのに、電話なんて珍しいな……)正直に言えば、未だに京極の事は姫宮の件や航の件で朱莉はわだかまりを持っている。出来れば電話では無く、メールでやり取りをしたいところだが、かかってきた以上は出ないわけにはいかない。「はい、もしもし」『こんばんは、朱莉さん。今何をしていたのですか?』「え? い、今ですか? ネットの動画を観ていましたが?」朱莉が観ていた動画がは新生児のお世話の仕方について分かり易く説明している動画であった。『そうですか、ではさほど忙しくないってことですよね?』「え、ええ……まあそういうことになるかもしれませんが……?」一体何を言い出すのかと、ドキドキしながら返事をする。『朱莉さん。これから一緒にドライブにでも行きませんか?』「え? ド、ドライブですか?」京極の突然の申し出に朱莉はうろたえてしまった。今まで一度も夜のドライブの誘いを受けたことが無かったからだ。(京極さん……何故突然……?)しかし、他ならぬ京極の頼みだ。断るわけにはいかない。「わ、分かりました。ではどうすればよろしいですか?」『今から30分くらいでそちらに行けると思いますので、マンションのエントランスの前で待っていて頂けますか?』「はい。分かりました」『それではまた後程』用件だけ告げると京極は電話を切った。朱莉は溜息をつくと思った。(本当は何か大切な話が合って、私をドライブに誘ったのかな……?)****30分後――朱莉がエントランスの前に行くと、そこにはもう京極の姿があった。「すみません、お待たせしてしまって」「いえ、僕もつい先ほど着いたばかりなんです。だから気にしないで下さい。さ、では朱莉さん。乗って下さい」京極は助手席のドアを開けるた。「は、はい。失礼します」朱莉が乗り込むと京極はすぐにドアを閉め、自分も運転席に座る。「朱莉さん、夜に出かけたことはありますか?」「いいえ、滅多にありません」「では美浜タウンリゾート・アメリカンビレッジに行きましょう。夜はそれはとても美しい景色に変わりますよ? 一緒に観覧車に乗りましょう」「観覧車……」その時、朱莉は航のことを思い出した。航は観覧車に乗

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   第2部 1-1 それぞれの今 1

     数か月の時が流れ、季節は10月になっていた。カレンダーの3週目には赤いラインが引かれている。そのカレンダーを見ながら朱莉は呟いた。「予定通りなら来週明日香さんの赤ちゃんが生まれてくるのね…」まだまだこの季節、沖縄の日中は暑さが残るが、夏の空とは比べ、少し空が高くなっていた。琢磨とも航とも音信不通状態が続いてはいたが、今は寂しさを感じる余裕が無くなってきていた。翔からは頻繁に連絡が届くようになり、出産後のスケジュールの取り決めが色々行われた。一応予定では出産後10日間はアメリカで過ごし、その後日本に戻って来る事になる。朱莉はその際、成田空港まで迎えに行き、六本木のマンションへと明日香の子供と一緒に戻る予定だ。「お母さん……」 朱莉は結局母には何も伝えられないまま、ズルズルここまできてしまったことに心を痛めていた。どうすれば良いのか分からず、誰にも相談せずにここまで来てしまったことを激しく後悔している。そして朱莉が出した結論は……『母に黙っていること』だった。あれから少し取り決めが変更になり、朱莉と翔の婚姻期間は子供が3歳になった月に離婚が決定している。(明日香さんの子供が3歳になったら今までお世話してきた子供とお別れ。そして翔先輩とも無関係に……)3年後を思うだけで、朱莉は切ない気持ちになってくるが、これは始めから決めらていたこと。今更覆す事は出来ないのだ。現在朱莉は通信教育の勉強と、新生児の育て方についてネットや本で勉強している真っ最中だった。生真面目な朱莉はネット通販で沐浴の練習もできる赤ちゃん人形を購入し、沐浴の練習や抱き方の練習をしていたのだ。(本当は助産師さん達にお世話の仕方を習いに行きたいところなんだけど……)だが、自分で産んだ子供ではないので、助産師さんに頼む事は不可能。(せめて私にもっと友人がいたらな……誰かしら結婚して赤ちゃんを産んでる人がいて、教えて貰う事ができたかもしれないのに……)しかし、そんなことを言っても始まらない。そして今日も朱莉は本やネット動画などを駆使し、申請時のお世話の仕方を勉強するのであった――****  東京——六本木のオフィスにて「翔さん、病院から連絡が入っております。まだ出産の兆候は見られないとのことですので、予定通り来週アメリカに行けば恐らく大丈夫でしょう」姫宮が書類を翔に手

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   10-22 戻りつつある日常 2

    「ただいま……」玄関を開け、朱莉は誰もいないマンションに帰って来た。日は大分傾き、部屋の中が茜色に代わっている。朱莉はだれも使う人がいなくなった、航が使用していた部屋の扉を開けた。綺麗に片付けられた部屋は、恐らく航が帰り際に掃除をしていったのだろう。航がいなくなり、朱莉の胸の中にはポカリと大きな穴が空いてしまったように感じられた。しんと静まり返る部屋の中では時折、ネイビーがゲージの中で遊んでいる気配が聞こえてくる。目を閉じると「朱莉」と航の声が聞こえてくるような気がする。朱莉の側にいた琢磨は突然音信不通になってしまい、航も沖縄を去って行ってしまった。朱莉が好きな翔はあの冷たいメール以来、連絡が途絶えてしまっている。肝心の京極は……朱莉の側にいるけれども心が読めず、一番近くにいるはずなのに何故か一番遠くの存在に感じてしまう。「航君……。もう少し……側にいて欲しかったな……」朱莉はすすり泣きながら、いつまでも部屋に居続けた——**** 季節はいつの間にか7月へと変わっていた。夏休みに入る前でありながら、沖縄には多くの観光客が訪れ、人々でどこも溢れかえっていた。京極の方も沖縄のオフィスが開設されたので、今は日々忙しく飛び回っている様だった。定期的にメッセージは送られてきたりはするが、あの日以来朱莉は京極とは会ってはいなかった。航が去って行った当初の朱莉はまるで半分抜け殻のような状態になってはいたが、徐々に航のいない生活が慣れて、ようやく今迄通りの日常に戻りつつあった。 そして今、朱莉は国際通りの雑貨店へ買い物に来ていた。「どんな絵葉書がいいかな~」今日は母に手紙を書く為に、ポスカードを買いに来ていたのだ。「あ、これなんかいいかも」朱莉が手に取った絵葉書は沖縄の離島を写したポストカードだった。美しいエメラルドグリーンの海のポストカードはどれも素晴らしく、特に気に入った島は『久米島』にある無人島『はての浜』であった。白い砂浜が細長く続いている航空写真はまるでこの世の物とは思えないほど素晴らしく思えた。「素敵な場所……」朱莉はそこに行ってみたくなった。 その夜――朱莉はネイビーを膝に抱き、ネットで『久米島』について調べていた。「へえ~飛行機で沖縄本島から30分位で行けちゃうんだ……。意外と近い島だったんだ……。行ってみたいけど、でも

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   10-21 戻りつつある日常 1

     京極に連れられてやってきたのは国際通りにあるソーキそば屋だった。「一度朱莉さんとソーキそばをご一緒したかったんですよ」京極が運ばれて来たソーキそばを見て、嬉しそうに言った。このソーキそばにはソーキ肉が3枚も入っており、ボリュームも満点だ。「はい。とても美味しそうですね」朱莉もソーキそばを見ながら言った。そしてふと航の顔が思い出された。(きっと航君も大喜びで食べそうだな……。私にはちょっとお肉の量が多いけど、航君だったらお肉分けてあげられたのに)朱莉はチラリと目の前に座る京極を見た。とても京極には航の様にお肉を分ける等と言う真似は出来そうにない。すると、京極は朱莉の視線に気づいたのか声をかけて来た。「朱莉さん、どうしましたか?」「い、いえ。何でもありません」朱莉は慌てて、箸を付けようとした時に京極が言った。「朱莉さん、もしかするとお肉の量が多いですか……?」「え……? 何故そのことを?」朱莉は顔を上げた。「朱莉さんの様子を見て、何となくそう思ったんです。確かに女性には少し量が多いかも知れませんね。実は僕はお肉が大好きなんです。良ければ僕に分けて頂けますか?」そしてニッコリと微笑んだ。「は、はい。あ、お箸……まだ手をつけていないので、使わせて頂きますね」朱莉は肉を摘まんで京極の丼に入れた。その途端、何故か自分がかなり恥ずかしいことをしてしまったのではないかと思い、顔が真っ赤になってしまった。「朱莉さん? どうしましたか?」朱莉の顔が真っ赤になったのを見て、京極が声を掛けて来た。「い、いえ。何だか大の大人が子供の様な真似をしてしまったようで恥ずかしくなってしまったんです」すると京極が言った。「ハハハ…やっぱり朱莉さんは可愛らしい方ですね。僕は貴女のそう言う所が好きですよ」朱莉はその言葉を聞いて目を丸くした。(え…?い、今…私の事を好きって言ったの?で、でもきっと違う意味で言ってるのよね?)だから、朱莉は敢えてそれには何も触れず、黙ってソーキそばを口に運んだ。 肉のうまみがスープに馴染み、麺に味が絡んでとても美味しかった。「このソーキそばとても美味しいですね」「ええ、そうなんです。この店は国際通りでもかなり有名な店なんですよ。それで朱莉さん。この後どうしましょうか?もしよろしければ何処かへ行きませんか?」「え?」

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   10-20 見送りのその後 2

    「え……? プレゼントと急に言われても受け取る訳には……」しかし、京極は譲らない。「いいえ、朱莉さん。貴女の為に選んだんです。お願いです、どうか受け取って下さい」その目は真剣だった。朱莉もここまで強く言われれば、受け取らざるを得ない。(一体突然どうしたんだろう……?)「分かりました……プレゼント、どうもありがとうございます」朱莉は不思議に思いながらも帽子をかぶり、京極の方を向いた。すると京極は嬉しそうに言う。「ああ、思った通り良く似合っていますよ。さて、朱莉さん。それでは駐車場へ行きましょう」京極に促されて、朱莉は先に立って駐車場へと向かった。駐車場へ着き、朱莉の車に乗り込む時、京極が何故か辺りをキョロキョロと見渡している。「京極さん? どうしましたか?」すると京極は朱莉に笑いかけた。「いえ、何でもありません。それでは僕が運転しますから朱莉さんは助手席に乗って下さい」何故か急かすような言い方をする京極に朱莉は不思議に思いつつも車に乗り込むと、京極もすぐに運転席に座り、ベルトを締めた。「何処かで一緒にお昼でも食べましょう」そして京極は朱莉の返事も待たずにハンドルを握るとアクセルを踏んだ——「あの、京極さん」「はい。何ですか?」「空港で何かありましたか?」「何故そう思うのですか?」京極がたずねてきた。(まただ……京極さんはいつも質問しても、逆に質問で返してくる……)朱莉が黙ってしまったのを見て京極は謝った。「すみません。こういう話し方……僕の癖なんです。昔から僕の周囲は敵ばかりだったので、人をすぐに信用することが出来ず、こんな話し方ばかりするようになってしまいました。朱莉さんとは普通に会話がしたいと思っているのに。反省しています」「京極さん……」(周囲は敵ばかりだったなんて……今迄どういう生き方をして来た人なんだろう……)「朱莉さん。先程の話の続きですけど……。実は僕は今ある女性からストーカー行為を受けているんですよ」京極の突然の話に朱莉は驚いた。「え? ええ!? ストーカーですか!?」「そうなんです。それでほとぼりが冷めるまで東京から逃げて来たのに……」京極は溜息をついた。「ま……まさか京極さんがストーカー被害だなんて……驚きです」(ひょっとして……ストーカー女性って姫宮さん……?)思わず朱莉は一瞬翔の

Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status